パンサーツアーでもっとも標高が高い位置で開催されるサーキットが群馬にある榛名モータースポーツランドだ。豊かな森に囲まれ、あの伊香保温泉まで車で10分程と、環境が最高で、ツアーでも高い所好きの"バカ"がこぞって集まることでも有名だ。また、コースは低速コーナーがメインで、シャーシー性能よりもテクニックと体力が求められ、500のテクニック自慢のジジーより350の体力自慢のオヤジが少し有利なサーキットの為、東京大学医学部が、年寄り達の言い訳と愚痴がいつもにも増して盛んになるボケ防止に有効なレースとして、全国の老人ホームに参加をすすめている事でも有名だ。
山下が久しぶりに参戦してきた。もちろん流行にはとても敏感な山下がわざわざ参戦してきたのだからそれなりの訳があるのだ。
「最近ブレーキの無いピストという競技用の自転車が流行ってるんですけど、流行り過ぎて行政の規制が始まってしまって僕が始める理由がなくなっちゃって、だったらパンサーツアーにその流行を取り入れたカートを持ち込もうと思って今回参加させてもらいました。」 と、ブレーキの無いカートで参戦してきたのだった。無謀とも言えるブレーキ無しのカートの投入だったが"流行"という言葉が意外に苦手なツアーのオヤジ達は、日頃お金にものを言わせてブランドに逃げているのを見すかされたように感じ、山下の様な流行を先取りした行動にはつい"シュン"となってしまうのだった。そしてだれも山下の前に立つ勇気を出せなくなり、優勝をさらわれてしまったのだ。
レースの結果を冷静に分析したカート界の重鎮ベアの田中は「山下さんはオシャレだけど、体型はオヤジだよね。」と、センスの良さをそれほど発揮できない日本人体型を指摘、ツアーのオヤジ達が頬を赤くして、揃って下を向いてしまった。
若林がレース中に体調を壊したということで救急車が来た。とりあえず心配する事は無く関係者を安心させたのだが、搬送される時に重大な事件が起こった。若林が救急車に乗ろうとしないのだ。若林は「普通レーサーを救急で運ぶ時に車で行きますか? ヘリコプターでしょ!! 偉そう感が全く無いじゃないですか!!」 と、空輸をねだるのだ。ツアー事務局は若林の主張の正統性を認め、急遽タケコプターのおもちゃを用意させ、頭につけさせたのだった。すると若林はちょっと頬を赤らめ、とっても嬉しそうにしていた。
玲於奈が15秒のタイムボーナスをモノともせず3位入賞ポイントリーダーの地位を取り戻した。しかしこの頑張りが逆に玲於奈とって失敗だったとの噂が立っている。ポイント争いで2位につける丸塚はボーナスが10秒になると次のレースで必ず5秒に戻しているばかりでなく、ほとんどのレースを4位か5位でボーナスを増やす事無くポイントを重ねているのに対し、玲於奈は参戦したレースは統べて5位以上と素晴らしいリザルトを残しているが、これではボーナスが増えるばかりで全く減らないのだ。結局最終戦二人は4ポイント差で向かえるが、ボーナスは玲於奈が20ポイント、丸塚が5ポイントと圧倒的に玲於奈が不利な状況なのだ。この状況で間違えなく一つ言える事がある。それは、この玲於奈の失敗という話は、絶対に榛名で玲於奈に抜かれた丸塚が『あくまで作戦で抜かれた』という言い訳の為に、流している話しだということだ。
秋山は今年小さいサーキットでは圧倒的な強さを見せている。榛名や掛川というサーはシャーシ性能の差はあまり出ないで、セッティング能力やドライビングテクニックで差がつくサーキットだと言われている。そこで常に最速を記録する秋山の評価がうなぎのぼりに上がっている。そんな秋山についてチーム関係者は「秋山さんはけっして小さいコースが得意というわけではありません。元々の実力が傑出しているので、ドライバーの能力の差がでやすい榛名などのサーキットで目立つだけなのです。」 と、秋山のテクニシャンぶりを熱く語ってくれた。しかし、本当に秋山がテクニシャンとして一番得意としているのは、もっともっと小さな1400mm×1950mmという小さな空間なのだそうだ。一般的に、このサイズはダブルベッドのサイズとして知られている。
石井がまったくここ榛名では冴えなかった。石井は職業柄道路が地震や洪水で寸断され使用できなくなることを人一倍心配してしまう。ここ最近の異常気象のためふった大雨で各地に被害がでているのが気が気ではないのだ。
「やっぱりさ、遊びと言ってもさ、仕事ができてナンボじゃないですか。僕も車を使って仕事をしているので、大雨とか降ると仕事に影響が出るんじゃないかと心配になっちゃうんだよね。今タイが凄いことになってるじゃないですか。洪水が都市機能を麻痺させてるでしょ? もう心配で心配で。」と、語ってくれた。
石井はタイが外国だと知らず、あの大洪水が世田谷にまで来ると思っている。
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