「エッ、エロオヤジが勝っちゃった……。」
その日は、暑くも無く寒くも無く別に特別な日では無かった。500と違って350の初戦にはハンディーは無い、全員同じ5秒でスタートするので、番狂わせなど起こらないはずなのだ。「エッ、エロオヤジが勝っちゃった……よね?」
神奈川杉山カートが350で優勝することなんて考えられなかった。もし勝つとしたら実力通りだと年間チャンピオンを狙えるのだが“運と存在感”が無い為優勝が出来ない山田だったら仏滅や13日の金曜日に間違えて勝っても、なんとなく納得出来るのだが、350への参加者が少ない為におだててそして騙して500から降格させた山形が勝っちゃったのだ。「ポールも、もしかしたら山形さんだったっけ?」
完璧な勝利だった。トップを常に守り、一瞬ピットインのタイミングで2位に落ちたが直ぐに1位に返りざき、そのままチェッカーフラッグを受けるという、『強い!』レースを山形は演じてみせたのだ。
「俺達、そんな悪いことをしてないよね。」
「天罰ってわけでもなさそうだから、嘘! 実力?」
「そうだよね、今日は良い天気で、何も起こりそうにもないよね。」
「山形さん。すごいじゃないですか!」
「いや〜、まさか勝てるとは……。天変地異ってわけでも無さそうなので、嬉しいです。」
衝撃の山形の優勝が日本でなしとげられた時、ちょうど地球の裏側、メキシコで新種のブタ インフルエンザ ウィルスが発生した。全部山形の責任だった。
石井が今年は年間チャンピオンとMVPの二冠を達成すると言っている。これまでこの二冠を達成した人物はいない。あの中村さえもMVPに関しては全く上位にさえくることは出来なかった。唯一、山田が最終戦を二つのタイトル共ポイントリーダーで迎え、話題にも上がらず、レースも盛り上げず、そんなことがあったことさえ気づかない人が殆どだったという、ツアー史上最大の記録誕生が達成されるかと思われた2007年11月18日は、チーム全員の期待通りの期待ハズレのレースを山田が展開し、どちらのタイトルも獲れなかったという、悲惨な結果に終わっている。
それほどこの二冠は難しく、誰もが不可能だと思っているのだ。それを石井は「MVPなんて簡単じゃん。タイトラのQ1だけベストで走って、Q2でリタイヤすればタイヤも温存できるし、後ろからスタートできるし、そんでもってチョイチョイッと抜いて行けば、誰でもとれんじゃん。」
と、爽やかに語たった。もちろん爽やかなキャラが全然似合うはずも無く、
「え〜っ? モテるつもり?」
「無理無理、ぜったい石井ちゃんとは無理。」
と、ルックスとのギャップが意外で、ちょっと心がときめく対象だと、女性陣から黄色い声をあげられ、周りを取り囲まれると「キャーッ! キモイ!」と、石のプレゼントを投げられるなど、一瞬にして人気者になった。もちろん石井もそんな声援に応えるべく、手を振りながら顔を引きつらせ、せ、石を受け取ろうと必死に対応していた。
事務局は、そんな微笑ましい風景に「石井ちゃんは速いんだから、単純に優勝狙ったほうがいいんじゃない?」と、無関心を装い、規制などの不粋なことをしないことに決めた。
もちろん、石井が二冠を達成した時のことを考えて、事務局ではMVPの賞品を『海外旅行』などとケチなことを言わず『等々力旅行』に変更する等、大盤振る舞いすることを検討している。 |