スギヤマカート最後の一人はこのレースで引退を宣言している北原だった。このレースが最後ということもあって、ツアーの中でも異様な雰囲気が立ち篭めており、「スギヤマカートの人間の言う事なんか信じられない!」とイマイチ盛り上がりに欠けるという、想像通りの展開になっていた。一部勘違いして応援に来た北原の友人達が「よし、北原さんに嘘でもいいから雄姿を残してあげよう!」とポディウム上に北原を横たえ、お線香を炊いて無念を成仏させようと頑張っている姿が印象的だった。
普通に考えて北原が活躍する要因は無い。北原と言えばオーバーテイクと言うくらい、後ろの方でレースを楽しむ、バックダンサー的レーサーなのだ。それだけではない、実は神奈川スギヤマカートのメンバー全てがこのバックダンサーレーサー協会に所属していて、ポディウムでスポットライトがあたっている優勝者の後ろで、スクールメイツとして踊るのが彼等の役割で、基本的に前に出る事は禁じられているだ。
しかし、そうその北原が予選のQ3まで残ってしまったのだ……。スギヤマは直ぐに北原を呼び出した。「北原さん、Q3といったらメインをとれるレーサーのみが行けるところで、私達ラインレーサーが顔を出すところでは無いんじゃないですか?」「スギヤマさん、私も年をとりました。そして最後のステージ、僕のダンスが何処まで通用するかやってみたかったんです。」「北原さん、あなたに力が無いとは言いません。しかし“華”が必要なのです。うちの花形の山形さんや山田さんにポディウムの頂点が勤まりますか? お化け屋敷じゃないんですから……だから、分かって下さい。」
すると山田が強い口調で言った「1回くらいいいじゃないですか、僕達のダンスがどこまで通用するか、ラインレーサーの意地を北原さんにかけてもいいじゃないですか!」「馬鹿やろう!! 俺だって北原の実力を信じていないわけでは無い。じゃないけれどレースが……レースが成り立たないんだよ!!」「今日ばかりはひけない! 国会の杉山法案のこともある。今、存在感を示さないと、いつまでも影の存在として生きていかなくっちゃならないじゃないか!!」
スギヤマが涙を流しながら言った「……。しょうがないヤツ等だ……わかった、レースを壊すことについては俺が責任をとってやる、しかしだ、それでも北原が優勝する確立が低いんだ!最低でも奇跡が2回くらい起きないと……」「スギヤマさん……」 杉山のいう奇跡とは、一つはレースが荒れること。事故などの混乱に乗じて、北原のオーバーテイク力で上位を目指すということ。そしてもう一つの奇跡は、北原自身が異様な速さを見せることだった。
そしてレース。スタート直後の混乱は無がった。北原よりも速いレーサーがどんどん逃げてゆく、そのうえ北原はいつもの癖で、序盤にピットストップを敢行してしまった。「やばい!! 北原さんが遅い連中のど真ん中に入っちゃった。最悪の展開だ!!」
しかしこれが不思議な様相になってきたのだ。一人ではなんにもできない北原だが、人の手を借りるとなんとかなるといった性癖がここにきて生きてきたのだ。そう異様にオーバーテイクをしかけぐんぐん順位を上げだしたのだ。そしてゴール。350との混走なのですぐには順位が分からない。電光掲示板で表示できるリザルトは6位まで、そして、そこには北原の名前はなかった……。「ダメだったか……。」「嫌、6位までは全員350だ。まだ分からないですよ。北原さんは7〜8番手あたりだったから優勝してるかもしれませんよ。」
結果発表。北原は総合で7位、500で優勝していた。
「やったー。優勝だ!!」「すごい北原さん奇跡だ!!」 シーズン終盤、チャンピオン争いのまっただ中、まさかの北原の優勝は、「なんでこんなヤツが優勝するんだよ〜!!」という怒りにも似た声の中、パンサーツアー史上まったく盛り上がらなかった大会として記憶されている。 |