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カメラを向けるとなんとなくポーズをとってしまう人 その1 |
太陽が勢いを増し、驚異的な熱帯性気候に包まれるかと思われた夏の太陽が、ワガママな大人達の『ちょっとレースをするんで……』という自己中心的な都合のせいで、突然秋の顔を見せたのは、自然の持つ大いなる優しさからだと思っていたら、大きな間違いだった。
朝、初秋の気候は身体に優しかったにもかかわらず、タイムトライアルの非情なノックアウト方式の為に、泣きながら去って行く予選脱落者の「皆、疲れて死んでしまえ!!」という真っ当な願いさえ、届かない事になった。
そう、事務局長が北京オリンピックの最中に「急な中国出張で……」という、誰が聞いても真っ黒な理由で欠席したレースに“天”は味方をしなかったのだ。予報では0%だったのに雨が降り出したのだ。しかし、幾橋は無実で、本当に仕事だった。彼の名誉の為に言っておくと、幾橋は北京に行ったのでは無い、上海に行きそこから8時間かかる場所にて仕事をしていたのだ。上海〜北京間約1300km、自動車で150km/hで飛ばしても、北京には8時間では着かないのだ、8時間半はかかる。行き先は北京では絶対に無い。そう、直行便がある北京に上海経由はありえない。その時偶然に中国で万博やワールドカップそしてオリン……ゴホッ(失礼!)のような世界的なイベントで、予約がとれないという、奇跡的なシチュエーションでも無い限り、上海から入るなんて事は考えられないではないか。行き先が北京では無かったと言うしかない。しかし何故だか天は味方せず、雨が降り出したのだった。
この雨を喜んだのが初参加となる工藤だ。工藤はツアーの参加者には珍しい自分に厳しく限界を超えることも辞さないチャレンジングなレーサーだ。その工藤が言うには「別に自分がチャレンジングなタイプだとは思いません。普段の生活で、何ごとに対してもプッシュしつづけることが大切だと思っているので、僕にとっては普通の事なんです。だから雨が降って来た時“ヤッタ!”と思ったのは事実です。」と語り、小雨が降って来た段階でベアに直ぐに指示を出し「レインタイヤの必要はない! そのままいじらなくて大丈夫!」と現状のままトラックに積んで欲しいと指示し、ベアからの「レインタイヤで走れば大丈夫ですよ。危なくないですよ。」のアドバイスにも積極的に「雨で滑ると怖いから嫌だ!」と主張、早々とリタイアを決めた。阿部・福田政権と2代に渡る政権放り出しに批判が高まる中、敢てそこにチャレンジする工藤のスタイルは、今までベアに無かった逸材だと田中から恐れられている。
手塚はツアーではクレバーなレーサーとして知られている。慎重で準備段階からコース攻略に関しては、きちんと走り込みを行いブレーキングの位置やアクセルの開放角度などきめ細かく戦略をたててくる。そのことを手塚は「レ−スの戦略というだけでなく趣味の楽しみ方としても、いきなりのぶっつけ本番だと面白味を感じないんです。やっぱりコーナー毎の攻め方とかをきちんと決めていて、それがレースの中で有効だったか甘かったか、自分のなかで分析したりするのも楽しみなので、きちんとしたコース攻略を持ってレースに挑むのが好きなんです。」と、レースを体感だけでなく、知的ゲームとしてレースをとらえ、リザルト表でもう一度楽しむ“大人の趣味”を実践しているレーサーで、“善子型レーサー”の対極にいる、実に羨ましい才能を持った人物である。
筑波では手塚はボーナスポイントを10秒持っている、今回はこの10秒をどう有意義に使うかがレースの勝敗を左右すると位置付け、この間を利用し、法律家と経営コンサルタントとの面談をセッティング。レース前半での違法行為や今後問題とされるだろう点の洗い出しと10分後の世界情勢を見据えたレース戦略を協議し、万全の体制でピットアウトしていった。
しかし残念ながら手塚をしても10秒のビハインドはいかんともし難く、ボイント圏外に終わった。レース後協議の内容について手塚に尋ねたところ、満面の笑みを浮かべながら手塚は「とても有意義な会議でした。この結論は全てのレースにもあてはまる絶対的な戦略というのが見出せたので、自信をもって次に挑めます。」と、結論が『こんなところで話すことなんて無いよ、じっとコクピットでスタートを待っている方が賢明だね!』だった事を教えてくれた。その事を聞いて事務局の善子は『バッカじゃないの〜』と驚きのコメントを発したのだった。
鴨居も15秒のボーナスポイントを持ってこの筑波に参戦してきた。そして彼の15秒の戦略は驚くべきものだった。鴨居は「レース前後の時間は自由な時間なので変わった事をすると目立ちますが、ボーナスの時間は世間的には“レース中”であって誰もがレースをしていると思ってるんです。」とアリバイとして使用するのに最適の時間だと教えてくれた。そして鴨居はピットストップするやいなや、カートから降りてダッシュ、ネオンサインの派手なお店に向かって走り去って行った。しかし何故か直ぐに戻って来た鴨居は少し顔が腫れていたのと、鴨居ママを連れていた。「ほんとうに、お前が来るのがわかったんで、迎えにいったんじゃないか!」と、必死に力説する鴨居のほほえましい姿がそこにはあった。とても仲の良い夫婦だ。 |